「見るな」
『遊子』第26号(2019年12月)掲載
草匂う野にいくはしら埋まりいるかつて生きたるものらの屍
は た ち
閉ざしたるままのまなぶた嘘は目でつけと言われし二十歳の日より
時々刻々変わる世界の明るさや暗さぐらいは肌でわかるの
空色は青と見えいし晴れの日はかかる大地の微動知らざりき
くちびるに味覚なけれど垂りきたる汗と涙のはつかに苦し
耳たぶのほとり仄かに風たちて骨のすきまを通りゆくなり
物質といえども見えぬものあるを思えばふうと息を吐きたり
とざ
光こそあまねくあらめ近きまた遠き視界の鎖されしのち
点字パネルばかりがのこる共通の言の葉失われし街区に
よ
木や家や架線を避けて夕立のはじめのしずく地に届きたり
誰かまだ生きいる証し携帯がマナーモードでぷるぷる震え
朝ごとに甦りきておのがじし始発の席に座るものあり
曲がるときしばらく傾ぐ人の手の摑みておらぬ吊り革だけが
内と外隔つる狭き溝ありて駅ごとにドアはそこへ入り出づ
ものの気配ひしめく車内みずからの行方確かむべく目をひらく